SDGs時代に避けられない「脱プラスチック」の視点

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東京農工大学 農学研究院 物質循環環境科学部門 教授 高田秀重氏

現在、脱プラスチックは脱炭素の動きとともに世界的な課題となっている。しかしながら、製品を製造する企業自体が正しい知識と確固たる決意を持って取り組まなければ、根本的な解決は難しい。では、企業は今後どのような物差しを持って製品を作るべきなのか。そして、そもそもプラスチックは地球環境や私たちの体にどのような影響を及ぼしているのか。プラスチック問題の第一人者である東京農工大学の高田秀重教授に話を聞いた。

人体への悪影響や海洋汚染の状況は?

――まずは、プラスチックゴミと海洋汚染との関係性について教えてください。

高田 秀重 氏(以下、高田氏) 海を漂うプラスチックの一番の問題は、海の生物が餌と間違えたり区別できなかったりして、体内に取り込んでしまうことにあります。ウミガメやクジラなどの大きな海洋生物になると、ペットボトルなどのプラスチック製品そのものを飲み込んでしまうこともあります。

 また、プラスチックは紫外線による劣化でどんどん小さくなって、最終的にはマイクロプラスチック(以下、MP)という非常に微細なものになります。それに伴って、小さな生物がそのMPを取り込んでしまうということが起きています。

 例えば、海鳥は世界の約半分の種でプラスチックを取り込んでいることが報告されており、2050年にはほぼ全ての海鳥が取り込んでしまうだろう、と推定されています。また、東京湾で獲れたカタクチイワシを調べたところ、約8割のカタクチイワシの内臓から1mm前後のMPを検出しました。東京都の多摩川河口に生息するハゼやハマグリなどからも、1mmの10分の1や20分の1程度の非常に微細なMPが検出されています。

Shutterstock/Faraz Habiballahian

 カタクチイワシは内臓を取り除けば良いですが、貝類だとそれも難しい。MPを取り込んで魚介類を人間が食べることで、我々人間もMPを取り込んでしまうことになるのです。

――生物がプラスチックを取り込むと、どのような悪影響があるのですか?

高田氏 プラスチックとは、生物にとって「分解・吸収することができない異物」です。そういったものが体内に入り込むと、免疫機能によって排除しようとするわけですが、それが過度に働くと炎症や感染症の重症化につながります。実際、最近の中国の研究では、人の糞便からもMPが検出されており、炎症性腸疾患の患者、特に腸疾患が重症になるほど、糞便中のMPの数が多くなると報告されています。

 さらに、プラスチック製品には性質を向上させるための添加剤が配合されています。それらの一部はいわゆる「環境ホルモン」と言われる物質で、野生生物や人の体内に入ると、ホルモンが働くための受容体と結合して、体内のホルモンバランスを撹乱してしまうのです。その結果、それが性ホルモンであれば、乳がんや子宮内膜症の増加、精子数の減少など性や生殖に関する異常が起こったり、成長ホルモンであれば幼児や子どもの成長が阻害されたり、といった影響を引き起こす可能性があります。

――プラスチックゴミによる海洋汚染の状況は、どの程度進んでいるのでしょうか。

高田氏 我々がプラスチックをたくさん使い始めた1960年代半ば以降、かなり状況は悪くなっています。世界の海を浮遊するプラスチックの数を調査したところ、ユーラシア大陸の南側に非常に多いことがわかっています。特に日本周辺は、他の海と比べると約20倍のプラスチックゴミが浮遊していると報告されています。

世界中で50兆個以上、日本周辺は他の海と比べると約20倍プラスチックが漂っている

 その原因は、日本が大量に使い捨てのプラスチックを使用していることや、東南アジアや中国の南部で発生したプラスチックゴミが海流に乗って日本周辺に流れ着いていることだと考えられています。つまり、日本周辺の海で獲れる魚や貝には、MPが取り込まれている非常に可能性が高いのです。

プラスチックゴミ削減のために、企業が取るべき対策とは

――プラスチックゴミを減らすために、製品を作っている企業はどのような対策を取るべきでしょうか。

高田氏 そもそものプラスチック使用量を減らす必要があります。例えば、ステンレス製のマイボトルを普及させることでペットボトルを減らしたり、テイクアウト用の容器をプラスチックからバイオマスのものに変更したりと、素材自体の変更が必要になるでしょう。

 これは、MPによる健康被害が出始めたからだけではありません。「パリ協定」では2050年以降、実質的な温室効果ガスの発生をゼロにすると謳っています。これ遵守すると、原油からガソリンなどの燃料油を取って燃やすことができない時代が来るのです。

 プラスチックは元々、原油から燃料油を取った残りの「ナフサ」を使って作られていますが、燃料としての石油を採掘しなくなると、当然ナフサも作れなくなってしまいます。特に、日本はプラスチックゴミの大半を焼却処分しているので、実質的な温室効果ガスを発生させている状態です。そのため、今までのような形でプラスチックの生産や使用、最終的な処分ができなくなります。だからこそ、プラスチックの使用量を減らす必要があるのです。

Shutterstock/ToppyBaker

――脱炭素社会にプラスチックの問題も含まれているのですね。

高田氏 そうなんです。こういった流れはヨーロッパ発で来たもので、「プラスチックもバイオマスから作ろう」となっています。しかし、バイオマスプラスチックの原材料であるセルロースを作るためには、森林伐採を行うことになる。そうなると、温暖化が進むため、自ずと作ることができるバイオマスプラスチックの量にも限りが出てきます。

 日本は2018年の「プラスチック環境循環戦略」の中で「2030年に200万トンのバイオマスプラスチックを作りましょう」という目標が掲げました。これは、温暖化を進めずに作れるバイオマスプラスチックの量の最大量が200万トンということを意味します。しかし、現在、日本全体で消費されているブラスックは、大体1年間に1000万トン。そう考えると、大幅にプラスチックの使用自体を減らさなければならない時代が来ると推測されます。

――企業は原材料の調達や製品の購買といった場面で、どういった視点や基準を持つ必要があるのでしょうか。

高田氏 使い捨てではなく、ガラスや陶器、金属といった繰り返し使える素材を選ぶことでしょう。1960年代半ば以前は、そういった素材が主に使われていました。その頃の状態に戻る必要があります。

 例えば、輸送にガラスを使うと重たいので、輸送時のCO2発生量が問題になると思いますが、「ガラス製の瓶を洗浄して繰り返し使用する場合」と「ペットボトルをリサイクルする場合」でどちらがCO2の発生量が多いかを比べると、ペットボトルの方が多い。自社で使う瞬間だけを見ると「プラスチックがいい」と思うかもしれませんが、大事なのはライフサイクル全体で見て、CO2の発生量が少ないものを選ぶことです。

 そうなると、個々の企業努力というよりも、サプライチェーンの上流から下流までの企業がチームを組んで、一緒に考えなければならない問題と言えるのではないでしょうか。そういった点では、グループ企業を抱えている業界大手企業の方が取り組みやすいかもしれません。大手企業が変わればそれに付随した小さな会社も変えやすくなるので、大手企業には率先して旗振り役となっていただきたいですね。

――2050年に向けて、調達や購買の部門はどのような基準を持つことが求められますか?

高田氏 今までより耐用年数が2〜3倍長いものを選ぶことでしょうか。もしプラスチックでも耐用年数があるとなったとしても、本当にそれだけの耐用年数があるのか、前に導入したものがどの程度持ったかを検証してみるといいかもしれません。

脱プラスチックで遅れを取る日本、今後取るべき行動は?

――脱プラスチックに関して、海外の企業と比べると日本の企業の取り組みはどのような状況でしょうか。

高田氏 日本企業全体としては、遅れていると言わざるを得ません。反対に、進んでいるのはヨーロッパですね。「パリ協定」による脱酸素の流れの中で、プラスチックフリーや循環経済といった考え方がヨーロッパ発で出て来ています。日本がこの流れに乗れなければ、プラスチックを使用している日本製品は、2050年以降世界でビジネスができなくなる可能性もある。ですから、このプラスチックの問題は、ゴミを出さないとかゴミをどう処分するかではなく、そもそもプラスチックを別の素材に変えていくという考えで、日本企業も動かなければならないと思います。

――今後、企業や消費者がどのように行動を変えていくべきか教えてください。

高田氏 やはり、プラスチック自体が長持ちする素材ではないことを意識するところから始まると思います。プラスチックは紫外線に弱いので、劣化してMPになって、それが雨に流されて全部海に入ってしまう。今は、それが魚に取り込まれて人に戻ってきている状態です。

 元をたどると、プラスチックを長持ちする素材と勘違いして使いすぎていたことが問題だと思います。ですから、プラスチックでなくても済むものについては、バイオマスや金属、ガラス、陶器などを使うように、素材の選択を変えていくべきですね。

 しかし、素材の選択だけではプラスチックの年間使用量を200万トンまで落とすことはできません。世界中の物流のあり方について考えていく必要があります。輸送距離が短ければ、紙などの簡易な梱包で事足りますから包装用のプラスチックが削減できますね。もちろん輸送距離を短くすることはカーボンフットプリントを小さくするため、温暖化抑止の面からも優れていますね。

 消費者に関しても、遠方ではなく地元で採れた果物や野菜を選ぶ、というようにカーボンフットプリント削減に向けて取り組めることはたくさんあります。なるべく狭い範囲でものを作って消費する分散型社会に変えていくことも必要でしょう。消費者の消費パターンと企業の提供パターンの両方を変えていくことで、これからの世界は良い方向に向かっていくはずです。