海を汚染するマイクロプラスチックは、世界中で総計500万トン相当が漂っている:研究結果

ソース: Wired Japan / 画像: Getty Images /著者: KORIN MILLER /Translation: WIRED US /Edit by Daisuke Takimoto

海を漂うプラスチック汚染の正確な実態について数値化した新たな分析結果を、このほど国際的な研究チームが発表した。試算によると最大500万トン近くのプラスチック粒子が世界の海に浮かんでおり、人体や生物への影響も計り知れないという。

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ポリエステルのジャージを洗濯機に放り込んだとしよう。すると、洗濯後に取り出したジャージは、洗濯前のジャージとはやや別物になっている。

まず、洗濯機の中で激しく揉まれるうちに、ゆるんでいたプラスチックの微小な繊維が切れる。そのプラスチックは、洗濯機から廃水処理施設へと流されていく。そこでフィルターをすり抜けた粒子は、海に流されることになる。

このような微小な繊維による海洋汚染は、プラスチックの生産量が指数関数的に増加するにしたがって、ペットボトルやビニール袋が粉々になった物体、塗装が剥がれたもの、そしてレジンペレットと呼ばれる直径数ミリメートルのペレットなど、その他のマイクロプラスチックと同じように深刻化してきた。現時点で人類は、毎年1兆ポンド(約4万5,000トン)のプラスチックを生産するようになっている。世界経済フォーラムによると、生産量は2050年に16年の3倍の水準に達する可能性があるという。

こうしたなか、海洋表面のプラスチック汚染の正確な実態について、最も広範に数値化した分析が新たに公表された。国際的な研究チームの計算では82兆〜358兆個のプラスチック粒子、合わせて24億〜108億ポンド(約109万〜490万トン)が世界の海に浮かんでいるという。

しかも、この試算は海面から1フィート(約30cm)までを漂うプラスチックのみを数え上げたにすぎない。さらに試算の対象は、長さが3分の1ミリメートル以上のプラスチック粒子のみに限定されている。

誰も触れたがらない大問題

マイクロプラスチックには、それよりはるかに小さなものがある。さらに、小さなものほどはるかに数が多い(マイクロプラスチックは長さが5mm未満の粒子と定義されている)。

現時点で科学者たちは、1mの100万分の1の単位であるナノプラスチックまで環境から検出できるようになっている。これほどの小ささになると細胞内にも侵入できてしまう。しかし、ナノプラスチックの量を試算することは、依然として困難で費用がかかる状況にある。

今回の研究において最小のプラスチックまで数え入れていたとすれば、海洋プラスチックの個数は数百兆では収まらなくなる。「おそらく数百京個を超えることはなくとも、数百京個が存在していることになるでしょう」と、カリフォルニア州水資源管理委員会の研究科学者で23年3月8日に『PLoS ONE』で公開された今回の論文の共著者でもあるスコット・コフィンは言う。

「それこそ誰も触れたがらない大問題なのです」と、5 Gyres Institute研究所の共同設立者で今回の研究の筆頭著者でもあるマルクス・エリクセンも同調する。「ナノスケールの粒子まで数えれば、存在している粒子の数はわたしたちが論じている数を大きく超えます。ヒトの健康への影響がさまざまな研究で明らかになっており、それと合わせて考えると恐ろしいことです」

科学者が人間の健康へのマイクロプラスチックの影響を研究し始めたのは、ごく最近のことだ。しかし、すでに最小のマクロプラスチックは人間の体内に入り込んで動き回ることが明らかになっている。実際に血液や内臓、肺、胎盤、さらには新生児の最初の便からも検出されている。

2000年代の中盤からプラスチック粒子が激増

エリクセンとコフィンは、世界各地の海洋から採取されたプラスチックのサンプルについて、これまでに明らかになっているデータを大量に収集して数値化した。さらに自分たちでも海洋探査を実施し、そこで収集したデータをこのデータと組み合わせた。

この研究には、1979年から2019年にかけて採取された12,000個近いプラスチック粒子の濃度サンプルが使われている、年代に幅があることから、現時点で存在するであろう量だけでなく、濃度が年々どのように変化してきたかも計算できたという。

その結果、1990年から2005年まで粒子の数は増えたり減ったりを繰り返していた。一方的に増え続けなかった理由は、国際的な協定の効果の可能性がある。例えば、船舶からのプラスチック汚染を抑えるための1988年の規制などだ。「こうしたプラスチック汚染に関する国際条約に実際に効果があったことを示す何らかの証拠が得られたのは、これが初めてです」と、コフィンはいう。

COURTESY OF 5 GYRES

ところが、この1988年の規則改定では追いつかないほど、プラスチック生産量は過去数十年に驚くべきペースで増えている。2000年代中ごろから粒子数は劇的に上昇しており、いまも急速に増え続けていることが判明したのだ。抜本的な対策が講じられない限り、水環境に流入するプラスチックは40年までに2.6倍増加するとの予測も示されている。

またプラスチック汚染には、時限爆弾のような側面がある可能性がある。大きなプラスチックゴミが完全に粉々になるまで時間がかかるからだ。別の研究グループは、これを「世界のプラスチック毒性負債」と名付けている。

仮にすべてのプラスチック汚染を明日すぐに止めることができても、すでに環境中に存在しているプラスチックはますます小さな粒子になっていく。「海岸線には、満潮時の潮の高さのところにプラスチックがたまっています。こうしたプラスチックはマイクロプラスチックの“工場”のようなもので、そこから常にマイクロプラスチックがはがれ落ちている状況です」と、エリクセンは言う。「次の嵐が来たら、それがすべて海洋に流されることになります」

炭素循環にも影響

プラスチック粒子は海面近くを漂い、食物連鎖の最下層を汚染する。植物プランクトンと呼ばれる微小な植物や、それを食べる小さな動物である動物プランクトンが汚染されるのだ。

科学者たちは、動物プランクトンがマイクロプラスチックを頻繁に誤食しており、誤食すると本来食べるべきものをあまり食べなくなることを突き止めている。そして仔魚などの捕食者がその動物プランクトンを食べると、有毒なプラスチック粒子は仔魚(魚の幼生)に取り込まれる

マイクロプラスチックは、ひと知れぬかたちで炭素循環にも影響を及ぼしている可能性もある。植物プランクトンは二酸化炭素を吸収し、動物プランクトンの餌となる。動物プランクトンのふんは海底に沈むので、結果的に二酸化炭素が大気から取り除かれる。ところが、マイクロプラスチックが大量に含まれるふんは沈降が遅いので、深海の雑食動物がこのふんを食べる時間的猶予が生まれてしまう。そうなると、炭素が海底に沈む仕組みが雑食動物によって邪魔されるかたちになるのだ。

海鳥もプラスチックの誤食の被害を受けている。別の研究チームが公開した新たな論文によると、オーストラリアのロード・ハウ島のアカアシミズナギドリの間で、新たな病気が生まれているという。

研究チームは、この病気を「プラスチック症」と命名している。内臓から見つかったプラスチック粒子が多い個体ほど、胃において重度の組織損傷が見受けられたのだ。論文では「プラスチックは野生の自由生活性の個体において、『プラスチック症』とでも呼ぶべき臓器全体にわたる重度の瘢痕組織の形成を引き起こすことがあり、これは個体の健康および生存に有害であると考えられる」ことが明らかになったと指摘されている。

求められる世界的な条約の締結

コフィンとエリクセンによる新たな推定では、海面近くを浮かぶプラスチックのみが数えられている。しかし、実際のところマイクロプラスチックは海全体で渦巻いており、海流に乗って海洋を移動している。深海の堆積物の中にも侵入し、マリアナ海溝まで汚染しているのだ。南カリフォルニアの沖合では、科学者が100年分近くの堆積層を分析したところ、プラスチック生産が本格化した1940年代から15年ごとにマイクロプラスチックの沈殿量が倍になっていることが明らかになっている。

さらに海洋のマイクロプラスチックは、必ずしも海洋にとどまるわけではない。海の深いところから泡が浮かび上がってくると、その泡にはバクテリアと有機物質が付着する。そして泡が弾けると、これらのバクテリアと有機物質は大気中に弾き飛ばされる。そしていま、この現象はマイクロプラスチックに対しても発生しているのだ。

泡によってマイクロプラスチックが大気中に弾き飛ばされ、それが海風に乗って陸に吹き戻されていることが、2020年の研究で報告されている。水面近くに集まるマイクロプラスチックの量が増えれば、そのぶん大気中に弾き飛ばされる可能性があるマイクロプラスチックの量も増えるわけだ。

「こうした現象すべてが非常に有害であることを、科学者は知っています。しかし、政治家や政策立案者、しばしば一般の人々にも、わたしたちによる汚染が実際にどれほどの規模に及んでいるのか理解してもらうには、このように定性的に示す必要があるのです」と、マイクロプラスチックについて研究している科学者のスティーヴ・アレンは言う。アレンは泡についての論文の共同著者だが、今回の新たな研究には関与していない。「マイクロプラスチックがここにもありますよ、あそこにもありますよ、という具合に示すだけではなく、その量がどれだけ急激に増加しているのかをわかってもらえるように示さなければならないのです」

アレンは別の研究において、泥炭にマイクロプラスチックの急激な増加の証拠が見られることを突き止めている。過去数十年でプラスチックの生産量の増加に伴って増えた大気中のマイクロプラスチックが、泥炭に堆積していたのだ。

ところが、増加傾向にはひとつ例外があった。「わたしたちのデータでは、2009年のリーマンショックの際に少し量が減っていたことがわかりました。これは大変興味深い事実でした」と、アレンは言う。経済活動が減速したことで、少なくとも一時的にはプラスチックの生産も減速したということだ。「つまり、わたしたちがプラスチックの使い方を変えれば、プラスチック汚染の状況はほぼ瞬時に変えられるということなのです。そして、わたしたちの行動が実際に影響を及ぼしているということは、この海洋プラスチックについての論文からも読み取れると思います」

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エリクセンとコフィンは、国連の交渉担当者がプラスチックの生産量に上限を設ける世界的な条約を締結することが極めて重要であると指摘する(その協議は22年11月に始まっており、今後数年続くとみられている)。

「プラスチックの生産量に上限を設けることで、使い捨てのプラスチックの生産を減らせる極めて強力な条約をつくり、各国がより適切に廃棄物を管理し、河川や街角での廃棄物の回収を進められるようになれば、海洋に流出するゴミの量は目に見えて減るだろうと確信しています」と、エリクセンは語る。

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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