健康的で持続可能な食の未来へ...アジアの35社が代替たんぱく質食品を提供、GI値調査で食の見直しも
ソース: Science Portal Asia Pacific / 画像: Daniel Kuan/Asian Scientist Magazine / 著者: Asian Scientist / 図: Lam Oi Keat/Asian Scientist Magazine
ヒンドゥー教の神聖な牛から、伝統的な漢方薬におけるナスの「冷」とショウガの「熱」の特性まで、アジアでは、食べ物は単に生命維持のための手段ではない。 アジア各国の料理はアジアの文化と特徴と深いつながりを持つ。タイや韓国などの国々は、世界で食文化を広め、一般的なイメージを高めるためのソフトパワーとして長い間利用してきた。
アジアの食文化には様々な独特の風味が混在するが、この地域の急速な経済成長と共に何年にもわたって進化してきた。たとえば、収入の増加は、肉などの高価格食品の消費の増加と結びついている。しかし、アジアでの肉の消費は今後30年間で78%という大きな成長が見込まれているものの、近年は畜産が気候変動や世界的パンデミックといった危機に影響を受けているため、持続不可能であることが証明されている。
かつては自給自足の農業を行い新鮮な農産物がふんだんにあった国々は急速に都市化し、高脂肪、高カロリーの加工食品が入り込んでいる。農村で活動的に生活していた人々は座ることの多い生活を過ごすようになり、肥満や糖尿病などの非感染性疾患が増加している。
たとえば、中国とインドは現在、世界で最も多くの食事に関連する2型糖尿病患者を抱えているため、国の食生活を早急に見直す必要がある。幸いなことに、アジアで最も革新的な頭脳を持つ人々が、健康的で持続可能性の高い食の未来に向けて新たなフロンティアに導こうという呼びかけに応えている。
アジア料理の秘密を暴露する
世界の中には賞賛される食文化があるが、アジアの食文化は最も健康的であると褒めそやされている。何と言ってもアジアには、インドなど長い菜食主義の伝統を持つ国がある。その他、ベトナム料理は新鮮な食材を主に使い、乳製品や油の使用を最小限に抑えているため、カロリーが比較的低いと言われている。当然ながら、ベトナムの肥満率は東南アジア諸国の中でも最も低い。
一方、日本では他の国よりも百歳以上の人が多いが、これは伝統的な料理のおかげと言われている。沖縄では、 10万人のうち約68人が100歳以上である。食事は植物が基本であり、主食のサツマイモは炭水化物を多く含み、血糖負荷が低いことで知られている。また、沖縄の高齢者は、腹八分目と呼ばれるカロリー制限を行っている。これは満腹の80%と感じる量を食べることであり、肥満度指数を低く保ち、平均余命を延ばすことができる。
したがって、アジア料理は西洋料理よりも健康的であると考えられている。誉め言葉であるようだが、そのような考えはアジアの食を単純化しすぎている。アジアの有名な料理の中には健康によくない調理法を使うものが少なくないのだから。
シンガポール科学技術研究庁 (A * STAR) のシンガポール食料・バイオ技術革新研究所 (SIFBI) のシニアアドバイザーであるクリスチャニ・ジェヤクマール・ヘンリー (Christiani Jeyakumar Henry) 教授は、Asian Scientist Magazine誌とのインタビューで、よくある誤解の1つは、アジア料理は他の種類の料理よりも脂肪が少ないと思われていることだ、と教えてくれた.
「良いものと悪いものを区別するこの問題の一部は、西洋料理は大部分が脂肪であり、したがって不健康であるという思い込みから来ています」とヘンリー教授は述べる。「しかし、混ぜご飯であるビリヤニや平らなパンのパラーターなど、私たちが食べる多くのアジア料理の化学分析を見ると、それらもかなり脂肪が多いのです」とも。
ヘンリー教授とそのチームは2020年、シンガポールのホーカーセンターおよびフードコートで販売されている25の代表的な中国料理、インド料理、マレー料理を29の一般的な洋風ファーストフード料理と比較した。チームは、アジア料理と西洋料理はエネルギーと総脂肪含有量が同じであることを発見した。それに加え、アジア料理の方がかなり多くの飽和脂肪、塩、コレステロールを含んでいることも突き止めた。
特にひどかったものは、マレーシアとシンガポールで人気のある米麺料理のチャークイティオだった。これはラードで炒め、甘いソースを混ぜ、中国式腸詰をトッピングしたものであり、ホーカーセンターで販売されている一般的な量のパックでは、エネルギーは3,114キロジュール、29.18グラムの飽和脂肪、234.24ミリグラムのコレステロール、1,459ミリグラムのナトリウムを含んでいた。適量を楽しむのがベストである。
それに比べてペパロニ、牛ひき肉、ソーセージなどの肉を乗せチーズをトッピングした10インチのピザの場合、エネルギーは737キロジュール、4.3グラムの飽和脂肪、13.42ミリグラムのコレステロール、462.99ミリグラムのナトリウムが含まれている。
ヘンリー教授たちはEuropean Journal of Clinical Nutrition誌に発表した研究の中で「私たちの調査結果から、西洋式ファーストフードだけがアジアの健康障害をもたらすという概念を見直す必要性が明らかになりました」と報告し、この発見は、アジアに住む人々の食生活を改善するための新たな枠組みを作るのに役立つとしている。
真実のみを記す
アジアの健康にとって脂肪よりも大きな問題は、この地域が米、麺、パンなどといった炭水化物が豊富な主食に大きく依存していることかもしれない。大量の炭水化物の摂取は糖尿病につながる。糖尿病は世界中で増加しているが、特にアジアで顕著である。世界の糖尿病患者の60%以上がアジアに住んでいるだけでなく、アジア系の人々はヨーロッパ系よりも2型糖尿病を発症しやすい傾向がある。
ただし、すべての炭水化物が同じような構造を持つわけではない。摂取後、血糖値を徐々に上昇させる炭水化物もあれば、急激に増加させる炭水化物もある。グリセミック指数 (glycemic index :GI)値 は、食品が血糖値を上昇させる度合いを示す指標であり、GI値が低いものほど糖尿病の予防や管理に適しているとされている。100点満点で、70点以上が高GI値、55点以下が低GI値とされている。
インドネシアの麺炒めであるミーゴレンからフィリピンのスポンジケーキであるマモンまで、アジア料理の炭水化物の種類を消費者や企業に伝えるために、ヘンリー教授のチームは非西洋料理とそのGI値に関するかつてない包括的リストを作成するという途方もない仕事を開始した。矛盾しているようだが、アジアは2型糖尿病の中心地であるにもかかわらず、今までアジア料理はGI値表にあまり見られることはなく、ヨーロッパやオーストラリア、北米の料理が主に掲載されていた。
「ジャスミン米のGIを知りたい人がいても、データがなかったので見つけることができなかったでしょう。すべてのデータは、チョコレート、クッキー、クロワッサン、クランペットなど西洋料理のものでした」とヘンリー教授。
この包括的リストができたので、アジアの人々は、ジャスミン米はもとより、西・南・中央・東アジアの16カ国で食べられる一般的な炭水化物食品(なんと940品目!)のGIを知ることができるようになった。
健康志向の高い人はGI値の高い主食を代替する品について知ることができる。それだけでなく、政策立案者はこの情報を利用して食生活の推奨事項に加えれば、広く社会に役立たせることができる。例えば、白米を玄米に置き換えるだけで、GI値は約79から51に下がる。その他、チャーハンやおかゆなどの料理に玄米を使うと、腸内環境を整える食物繊維やビタミンB、抗酸化物質などの微量栄養素をより多く摂取できるという利点もある。
油やたんぱく質などの他の多量栄養素、さらには酢などの調味料を組み込むことで炭水化物食品が血糖値に与える影響をさらに減らすことができる。食材を組み合わせると料理の味を引き立てるだけでなく、でんぷんが単糖に変化するのを遅らせ、GI値を下げる効果がある。例えば、漬物ご飯はGI値が73とやや低めであり、さらにチーズカレーライスのGI値は意外にも67とさらに下がる。
問題の(代替)肉について
アジアの食生活における脂肪と炭水化物の量を調べる他に、気候変動の影響を受けやすいアジアでは、代替たんぱく質の研究が盛んに行われている。畜産業は、すべての輸送手段の合計よりも大きなカーボンフットプリントを残すと言われており、アジアも世界全体もより環境に優しいたんぱく源を求めるようになってきている。
アジアには昔から菜食主義があることから、植物由来のたんぱく質が人気のある代替品として急速に台頭している。植物由来のたんぱく質の生産で使用する土地は家畜飼育の1%で済む場合もあるため、環境への影響を全体的に低くすることができる。
歴史的に、インドや中国では大豆食品やテンペ食品は菜食主義者が食べるものであり、「貧乏人の肉」と言われてきた。しかし今日では、代替たんぱく質食品はトレンディな贅沢品と見なされており、価格が高い。何十億ものアジアの住人がほとんどにとって入手不可能であり、消費することはできない。たとえば、アメリカの植物由来肉の生産者であるビヨンド・ミートが製造する粉砕植物由来の牛肉製品は0.5キロで18米ドル(約2,400円)という価格であるが、同じ量の本物のひき肉は5米ドル(約670円)という低価格である。
価格のほかに、代替たんぱく質を求める市場の欲求に影響を与える別の要因は味である。アジアの消費者は家庭の味を求めることが多い。
多国籍食品原料サプライヤーADM社の東南アジアHuman Nutritionの副社長兼ゼネラルマネージャーであるディルク・オイエン (Dirk Oyen) 氏は「この地域の消費者は落ち着ける食品を求めています。東南アジアの食の嗜好は、伝統的な植物由来のハンバーガーパティの他に、地元で手軽に入手できる製品により左右されるでしょう」と説明する。
ADM社は2021年初頭、機能、食感、風味といった植物由来製品の重要な要素を調べるためにシンガポールのバイオポリス研究拠点にイノベーションラボを開設した。ADM社は、シンガポールに店舗を構える数多くの代替たんぱく質企業とともに、実験室で動物細胞から培養されるいわゆる細胞由来代替品など多様な製品を提供する。
植物由来たんぱく質が実際の肉の食感や味を再現しようとするのに対し、細胞由来たんぱく質は実際の肉とほとんど見分けがつかないようにすることを意図している。細胞由来たんぱく質の推進者は、細胞由来たんぱく質は家畜を必要としないため、従来の牛肉生産に比べて土地使用量を最大95%、水使用量を78%削減でき、環境に優しい選択肢のひとつになると述べている。
しかし、環境学者は、細胞由来肉は植物由来肉の約10倍のカーボンフットプリントを残すと反論しており、サプライヤーは生産プロセスをもっと効率的にするよう求められている。このような萌芽期の悩みはあるものの、細胞由来たんぱく質はすでに進歩を遂げており、シンガポールは2020年12月、世界で初めて米国の新興企業であるEat Just社の培養鶏肉販売を承認した。
オイエン氏によると、アジア全体で代替たんぱく質の新興企業が活況を呈しており、この部門の製品提供量は2015年から2019年の間に186%拡大している。オイエン氏は「人々はさらに多くの選択肢を模索しており、アジア市場に注がれる投資とイノベーションは一層加速されています」と付け加えた。
アジアの食の未来
アジアでは35以上の新興企業が、代替たんぱく質の分野で製品を提供している。香港を拠点とするAvant Meats社は、細胞由来のシーフードを提供している。マレーシアのEnto社は、バーベキュー焼きにしたコオロギと幼虫を提供している。シンガポールのSophie's Bionutrients社は、海藻をビーガン向けのパテとチーズに変えている。韓国を拠点とするZikooin社は、「醜い」と見なされて販売できないアップサイクルされた穀物から、UNLIMEATと呼ばれる植物由来の牛肉を製造している。インドのEVOFoods社は、植物由来の代替卵を作っている。
しかし、アジアには多様な文化的・宗教的背景があるため、これらの代替たんぱく質新興企業に独特の課題をもたらすことがある。たとえばインドでは、ヒンズー教徒が多数を占めるいくつかの州で牛肉が禁止されており、豚肉は歴史的に汚れや病気と関係するため、動物製品は全体的に国内で微妙な問題となる。興味深いものは卵である。EVO Foods社の共同創設者であるシャラッダ・バンサリ(Shraddha Bhansali) 氏は、卵が論争の的となることはほとんどなく、インドでは多くの菜食主義者がまだ卵を消費していると述べている。
彼女は「卵には明らかに、人々の攻撃対象とならない何かがあります。 人々は卵をすばらしいたんぱく源と見なしています」と話す。
前述のオイエン氏の見解と同様、バンサリ氏と共同設立者であるカルティック・ディキシット (Kartik Dixit) 氏は、予測不可能なインド市場に参入するにあたり、植物由来の代替卵を開発する際に、原料を含め、できるだけ馴染みのある状態にすることに気を配った。
EVO Foods社の製品は、緑豆、ヒヨコ豆、エンドウ豆の3種類の豆をブレンドして作られている。同社はベジタリアンの顧客に対してこれらの豆はすべて豊富に栽培されており、国民食であるという事実を強調している。バンザリ氏によると、同社は豆類から抽出したたんぱく質の栄養価を損なわないよう、独自の均質化・低温殺菌工程を経て、いかにも卵らしく仕上げている。
他の代替たんぱく質と同様、EVO Food社にとって価格はインドでの成功に影響を与えるもう1つの要因である。材料を地元で調達し、地元で加工することで、同社は製品の製造コストとカーボンフットプリントを最小限に抑え、インドの有機卵と同等の価格に達し、消費を奨励している。
このような初期の成功例は世界最大の農業経済国の一つをより環境に優しい代替物へと向かわせるのに役立ち、周りの国々が後に続く土台を築くことになる。
従来の肉類を原料とする製品に比べ、代替たんぱく質は持続可能性が高いとされているため、アジアをはじめ世界中で急速に普及しているが、この地域で入手可能な植物由来製品や細胞由来製品が環境に与える影響を検証する研究はまだ十分ではない。
さらに、代替たんぱく質は本質的に高度処理されるため、その栄養価について詳しく調べる必要がある。この要請に応えて、ヘンリー教授と中国の農業技術会社Pinduoduoの共同研究者は、初めて、植物由来肉と動物肉の食事を直接比較しようとしている。
実際、アジアは料理についても人々についても多様性を持つことから、アジアの食の栄養価についてさらに包括的な研究が必要である。このような研究を行えば、高血圧や血糖などといった一般的な健康問題に対する感受性に基づいて、地域社会を層別化させることができる。すると、医師と栄養士は、患者に対し、文化に関連し個別化された食事療法を教えることができる。
多くのデータがあれば、研究者や産業界のリーダーたちは、活気に満ち、栄養価が高く、持続可能で、そしてもちろん美味であることすべて満たす食文化がアジアに到来できるよう、十分な準備ができる。今後も、進化し続けるアジアの食文化は、思考の糧であることだろう。
(2022年06月28日公開)
●AsianScientist
https://www.asianscientist.com/2022/04/print/a-taste-for-change/
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