気候変動を逆転させる食料とは たとえば海藻やコオロギの有効活用

ソース: BBC News / 画像: BBC News / 著者: BBC News

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人間の食料生産は、気候変動を加速させてきた。これを持続可能な生産方法に切り替えたら、気候変動を逆転させる足がかりになるのだろうか。

デンマークにある牛舎の中に、温室ほどの大きさのプラスチック製ボックスが設けられ、その中に「デイジー」がいる。牛のデイジーは、持続可能な未来へ向けた農業界の希望の星だ。デイジーに必要な物は何でもそろっている。丁寧に量ったえさが与えられ、水はいつでも飲める。ここに閉じ込められる時間も長くない。えさが期待通りの効果を発揮するまでの間だけ。つまり、デイジーがげっぷをするようになるまでの間だ。

なぜデイジーをしばらく箱に入れる必要があるのか、デイジーを見守るオーフス大学のメッテ・ニールセン教授(畜産学)に話を聞いた。箱の中で、大小のげっぷや放出される気体がすべて測定される。牛のげっぷには温室効果ガスのメタンが多く含まれるため、畜産が気候に及ぼす悪影響をいかに軽減するか方法を探るには、まず牛のげっぷをこうして記録しなくてはならないのだ。

食料生産によるメタン排出のうち、畜産業に由来するものは40%を占める。最大排出源の稲作ほどではないものの、畜産からの排出量を減らそうと研究が進められている。農業の分野では近年、気候変動を引き起こす側から解決を担う側への転換を目指して、新しい農法やハイテクを駆使した解決策が次々に開発されている。これもその一つだ。

農業全般と一部の農業に伴う森林破壊を合わせると、温室効果ガス全体の25%近くにもなる。その上、世界で使われる水の70%は農業用水だ。

これは気候変動の原因となるだけでなく、そもそも私たちが食料を育てる力そのものに影響している。干ばつや洪水、猛暑、海面上昇によって、かつて食料生産が可能だった土地が作物の育たない土地へと様変わりしているのだ。

牛のゲップを抑えるエサは

だがもしも、食料の生産方法を変えることができたらどうだろう。農業が地球に及ぼす悪影響を軽減するばかりでなく、むしろ気候変動に好影響をもたらす、そんな方法に切り替えられるとしたら。

牛は反芻(はんすう)する動物だ。消化器の一部(第一胃)は草や葉など、養分の少ないえさを発酵分解するようにできている。消化器内には各種の微生物が存在し、食べた物から養分をできるだけ多く取り出すのに役立っている。だが困ったことに、その微生物の一部からメタンが発生し、第一胃から放出されてしまう。ニールセン氏はここに目をつけた。

「メタンをつくるのは牛ではなく古細菌と呼ばれる微生物だ」と、同氏は説明する。「だからその生成過程を阻害して、古細菌にメタンをつくるなと言い聞かせられれば、温室効果ガスを出さない牛、つまり『気候中立』の牛にすることができる」

気候変動を緩和するには、畜産を完全にやめてしまうのが一番ではないかという意見もあるだろう。だが、牛肉を食べるのをやめるという解決法は、多くの人にとって無理だ。

牛肉を食べるのをやめる代わりに、メタン生成を抑える性質がある物質に、ニールセン氏ら研究者は注目している。この意外な力をもつのは、海藻。オーストラリアに生育する暖流性の「カギケノリ」という海藻だ。この中に含まれるブロモホルムという物質を牛のえさに2%混ぜるだけで、メタンの放出が最大98%まで抑えられる。

ただし、牛がブロモホルムの味を好むだろうかという問題がある。家畜のえさに海藻を混ぜる実験で、食べる量が減ったという報告も出ている。ブロモホルムは人体への発がん性が疑われているが、この性質が肉や乳製品にどの程度移行するのかはほとんど研究されていない。多くの人は、すでに水道水を通して微量のブロモホルムを摂取している。

飼料に加える海藻フレークの安全性と、牛が放出するメタンを減らす効果をめぐって研究が進められている。それとは別に、環境に優しい海藻の活用法が確実に一つある。つまり、人間の食べ物としての使い道だ。

海藻で炭素を隔離

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カナダ・ブリティッシュコロンビア州のヴァンクーヴァー島南西岸にあるカスケーディア・シーウィード社では、科学者と農家が力を合わせ、北米最大規模の海藻養殖場を目指している。海藻は厳密にいうと植物ではないが、海と太陽光さえあれば育ち、完全菜食主義者(ヴィーガン)にとって数少ないビタミンB12の供給源となる。

養殖の工程はまず、海藻の葉にあたる部分から「子のう斑」と呼ばれる生殖器官を切り出し、培養タンクへ移す作業から始まる。そこで胞子が放出され、「種苗糸」に付着する。45日間かけて幼体が十分に育ったところで沖に出すと、養殖ロープにつながれたまま海藻が育つ。カスケーディア・シーウィードのマイク・ウィリアムソン最高経営責任者(CEO)は「地元に生育する種類だけを使い、出すぎた介入はしない。子のう斑も同じエリアから採取している」と強調する。

海藻の養殖は温室効果ガスをほとんど出さない。しかも米ハーヴァード大学の2019年の研究によると、海藻は陸上の植物に比べ、二酸化炭素(CO2)の吸収量が20倍に上る。「海藻が育つ過程で一部は海の底深くまで沈み、そのままずっと泥の中に留まる」と、ウィリアムソン氏は説明する。「つまり、炭素の恒久的な隔離だ」。

海藻はCO2のほかに、川や海へ流れ出した肥料に由来する養分も吸収する。肥料は陸上で作物の収穫量を増やすのに役立ってきたが、その一方で余った分が河川に流れ込み、海洋生物に害を及ぼしたり、生息環境を一変させたりする。化学肥料からは、製造過程でも畑にまいた後も強力な温室効果ガスが排出される。

「精密農業」の可能性

対策としては、化学製品をもっと慎重に使う農業技術に切り替える方法がある。新技術によって、大規模農業は水や肥料、殺虫剤や除草剤の使用を抑えながら収益を拡大できるようになってきた。これは「精密農業」と呼ばれる。必要なところにだけ、ちょうど適量の水や化学薬品を使うようにして、広範囲の散布や無駄をなくすやり方だ。

たとえば、シリカナノ粒子を使うのも、そうした精密農業のひとつだ。シリカナノ粒子は肥料と殺虫剤をゆっくりと安定したペースで放出するため、使用量や頻度を抑えることができる。土壌の再生を促す微生物が配合された散布剤もある。

そのほかに、アメリカのブルーリヴァー・テクノロジー社が農薬の使用を抑えるため、米農業機械メーカー大手、ジョンディアと提携して開発した「シー・アンド・スプレー」という技術もある。人工知能(AI)を活用し、雑草に狙いを定めて除草剤をまくことで、作物全体やその周りの土壌にまんべんなく浴びせるような一斉散布を避けることができる。

ブルーリヴァー・テクノロジーによると、使用する薬品の量は従来の10~30%のみ。自走式の散布機に搭載されたカメラがコンピューターのプロセッサーにつながっている。コンピューターは機械学習(ML)のアルゴリズムを使って、撮影された画像を瞬時に認識し、その情報を基に殺虫剤をまくかどうかの判断を下す。AIは雑草と作物を見分けられるよう、複数のシーズンに対応できる設定になっている。これまでにトウモロコシや綿花、大豆の畑で使われた実績がある。

シー・アンド・スプレーが成功すれば、農家にとってかなりのコスト削減方法になり得る。2019年に世界で除草剤にかかったコストは330億ドル(約3.4兆円)近くに上り、その額は増える一方だ。シー・アンド・スプレーはさらに、化学薬品の使い過ぎによる環境への影響を軽減するのにも役立つ。

土の命を生かす

また最近では、土壌にすむ天然の微生物を繁殖させて、肥料や殺虫剤の使用を一切やめようとする農家も出てきた。

「再生農業の基本的な考え方は、土壌の邪魔をしないこと(中略)土壌中の生命をそのまま生かし、そこにえさを与えるだけだ」。英サセックス地方にあるフル・サークル・ファームズ社のトム・モーヒューCEOはこう言う。

工業型農業によって作物の生産高は飛躍的に伸び、急増する人口の食料をまかなうことが可能になった。しかし一部の工程が土壌を劣化させてしまうこともある。モーヒュー氏によると、その多くは化学肥料や除草剤、殺虫剤の使用により、土の中にすむ菌類や細菌などの本来のバランスが崩れることが原因だ。「土壌中の生命体系を私たちが破壊してしまった。今の土壌はぼろぼろだ」

ここで生じるもう一つの困った弊害は、土壌から大気中に放出されるCO2だ。米ペンシルヴェニア州を拠点に有機農業の研究を支援する非営利組織(NPO)ロデール研究所の土壌学者イチャオ・ルイ氏は、有害な農業技術が「世界の耕作地を炭素吸収源から排出源に変えてしまった」と話す。「私たちはCO2の吸収量を最大限に増やし、排出量を最小限に抑えていかなければならない」。

土の中に蓄積できる炭素量を最大にするには、農地全体に年間を通して植物を育て、地中深くまで根を張らせる必要がある。これによって植物が大気中からCO2を取り込み、土壌へ移行させる働きが促進される。土の中にすむ微生物は、根から供給された炭素をえさにして分解し、その一部を養分として植物に戻す。微生物を豊富に含んだ堆肥(たいひ)を土の表面にまくのも効果的だ。「土壌微生物は植物からの炭素を分解し、貯留できる形に変えるのに大変重要な役割を果たす」と、ルイ氏は指摘する。

フル・サークル・ファームズの研究者らが手掛けるような再生農業では、土壌の構造とそこにすむ微生物の集団を乱さないよう、耕し過ぎを避ける。さらに作物の合間に栽培するカバークロップ、同じ畑に複数の作物を植える混作などの手法も合わせ、土壌による炭素貯留能力の回復を図る。ただし、こうした取り組みが、炭素を土に引き戻すという目的にどれだけ貢献するのか、特に長期的な効果には、懐疑的な見方も強い。

新種作物で炭素吸収

とはいえ、土壌炭素の貯留量を増やせる可能性はある。一部の研究者は精密な遺伝子編集技術の力を借りて、大気中のCO2をより多く吸収できる新種の作物を開発している。

こうした進歩を踏まえてもやはり、農業が環境に与える影響を完全に排除するのは難しいだろう。農業を屋内や地下へ移すことによって、問題を解決できるかもしれないと考える科学者もいる。そうすれば土や太陽光なしで葉もの野菜が育つ。屋内農業では耕作に土地を使わなくなるほか、除草剤を使う必要がなくなり、水の使用量もかなり減少する。

屋内で作物を育てる方法としては、栽培マットの下まで根を伸ばす気耕栽培か、土の代わりに水を使う水耕栽培がある。革新的な技術ではあるが、穀類のように広い場所を使う主食作物で導入するのは無理があり、エネルギー消費量も比較的多い。

もう一つの解決策として、過酷な砂漠の環境でも海水と太陽光だけで食物を育てる「海水温室」という方法がある。淡水の代わりに海水を使うことで、エネルギー集約的な野菜栽培が環境に与える負担をいくらか軽減できる。

海水で野菜を育てられるなら、ほかにも予想外の何かから食品をつくり出すことはできないだろうか。

コオロギや炭素そのものも活用

カナダ・トロント郊外のエントモ・ファームズ社は、コオロギのたんぱく質を世界の食料安全保障と環境問題の解決に活用しようとしている。昆虫食に関する国連食糧農業機関(FAO)の報告書によると、コオロギは100グラムあたりのたんぱく質が牛肉と変わらず、ほかにもさまざまな主要栄養素を含んでいる。ビタミンB12の量は牛肉の3倍にも上るという。同社の共同創業者、ジャロッド・ゴールディン氏は「これらの含有量がはるかに多いだけでなく、より吸収されやすいとの研究報告もある」と話す。

またFAOによれば、コオロギのような昆虫は牛や豚と異なり温室効果ガスの排出量が比較的少なく、ほんの少しのえさや土地、水があれば育つ。課題は、昆虫たんぱく質を食べ慣れない人にもおいしく食べてもらえるかどうかだ。

さらに、温室効果ガスそのものを食品に使おうという取り組みもある。炭素回収の技術では、CO2をセメント工場のような大規模排出源から回収したり、大気中から直接取り出したりして活用する。回収したCO2は恒久的に地中に閉じ込めることもできるが、ウオツカや炭酸水を作るという使い道もある。

米コカ・コーラはスイスで「直接空気回収(DAC)」を手掛けるクライムワークス社と提携し、大気中から取り込んだCO2を傘下ブランド「ヴァルサー」の炭酸水に使っている。

ボトルのふたを開ければCO2は空気中に戻ってしまうが、これ以外の製法としては地下で安全に保管された天然ガスや、工場の副産物を利用することになる。米ニューヨークの新興企業、エア・カンパニーが最近発売した「エア・ウオツカ」は、回収したCO2から合成されるエタノールを使った世界初の蒸留酒だ。再生可能エネルギーで水を電気分解して水素を発生させ、CO2と合わせてアルコールをつくる。

ウオツカで世界の食料安全保障の問題を解決することはできないかもしれないが、こうした商品は炭素回収技術の需要を生み出す。技術が発達すれば、CO2排出量の削減に役立つかもしれないし、やがては食料のグリーン化に発展する可能性もある。

持続可能な農業に向けた特効薬はない。だが変革の最先端を走る人たちは、身をもって示している。解決策はあると。技術革新と新たな農法、消費者の需要の変化が結びつき、世界で食料がもたらす環境負荷の行方は大きく変わるだろう。環境に負担をかけてきた食料生産を、環境に優しい解決策へと大転換させるような手段や技術、実践法が生まれようとしている。それを活用するかどうかは、私たち次第だ。